焼き芋、最近いただきました。 トンボも見たよ。 ゲームに負けた。悔しい。 最近は食後すぐムニャムニャ・・・ こんな風に過ごしてる自分を時々こうやって見つめています。[[embed(http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/478010d6/bc/maukie.swf,0,180,180)]] [http://blog.livedoor.jp/ys_jp/archives/13536502.html/ Maukieの設置方法 ]
街中はまだ秋の彩りに満ちてないけど・・・。
CMの中は、もう秋色満開!!! 個人的な感想として、秋が腰を下ろしてくれてる期間は春より短いような気がする。 でも、季節のうちで秋ほど、色彩に満ち、季節感を感じさせてくれる季節ってないのではないだろうか?(気のせいか?) 人それぞれ、秋と聞いてイメージする色は沢山あるでしょうが、私のそれは何故かセピアと紫と茶色なんです。(こんな事言うと、銀杏と紅葉からクレームが来そうだが。) 小さい頃、クラスでミトン作りが流行った事があった。 御多分に漏れず、私もその流行に乗り、必死にかぎ針を駆使して左右大きさの違うミトンを作った。 自他共に認める不器用な子が、一日にしてミトンを(出来の善し悪しは別としてね)作ってしまった事は、それまでの人生のうちで一番感動する出来事であった。 それを機に、私のかぎ針人生が始まった。 せっせと母の手伝いをして稼いだお小遣いで買うバーゲンの毛糸は、私にとり何物にも変えがたい大切な宝物で、特別なミトンを編む時以外は、観賞用として箱の中にしまわれていた。 時は流れ、針もかぎ針から棒針へと、作品もミトンからセーターへと変わり、ここ20年ほどは、せっせとセーターを編んでいるが、それも初夏からは見るのも嫌な存在として、目の前から押入れへと消える。 そして、4ヶ月ほどその存在を忘れた私の肩をそっと叩くのが秋の彩だ。 毎年、毎年、秋の色に触発されて、私の棒針生活はまた再開する。(肩こりも再開する。) ミトンが縁で編み物を始めた頃から、この季節が来ると、鮮やかな秋色を散りばめた作品を作れたらいいなあ・・・というのが願いだった。 それで毎年チャレンジするのだけど、出来上がった物は、窓の外に広がる見事な秋色の景色の中ではぼやけてしまう。 ・・・いつか、叶う日が来るのかな?・・・と思いながらお婆ちゃんになっても、私は編んでるんだろうなあ。
「国民の声に従い。」「国民が決定した。」「国民が望む。」・・・
それ以前も、このフレーズは小泉さんの常套句だったけど、選挙が終わって、自民党が圧勝した今、他に言い方は無いの?と思うぐらい、何でもかんでも国民に責任転嫁するかのように、この言葉を連呼し始めたのが気に掛かる。 私は自民党には入れてないから、小泉さんの言う国民の中には入ってないんだろうと思うけど、それでも日本国民全てを一括りにしてるみたいなこのフレーズは止めて欲しい。 小泉さん、自民党に入れた人達以外の人にまで、責任を押し付けないで。 せめて、「我が党に賛成してくれた国民の声に・・・」と、言って欲しい。 国民がリーダーに望む事と、リーダーが国民の意思という名の元に実行に移そうと思ってる改革は共に相反する類いのものでしょう? 「純ちゃーん!!」なんて叫んで喜んでたオバサン達、純ちゃんはヨン様とは違うんだよ? 手を振るだけ無駄だったのに。・・・ 小泉さんはヨン様みたいに夢を与えてはくれない。 与えるのはただ絶望のみなんだから。
昨夜、横になって本を読んでたら、文字がぼやけてきた。
(変だなあ・・・・あっ、天井が小さくなる。・・・またか。) しょっちゅう、原因不明の熱が出る人間なので、体温計で計ることもせずにそのまま寝てしまった。 そして、今朝。 起き上がっても、まだ頭の中は寝たまま、手も足も重い、飴をなめても大して味がしない。 (一晩寝ても治らなかったか。) こんな時は、ガス台の前に立つのも嫌なので、いつからかレンジで野菜スープを作って食すようになった。 ここからはレンジで作る野菜スープの作り方です。 まず、大きな丼に、玉ねぎ半分を(早く作りたかったら薄切り、)適当に切って入れ、スプーン1杯の砂糖と熱湯を玉ねぎがかぶるぐらい入れて、蓋してレンジで5分。 次に、冷凍の洋風野菜ミックス、冷凍コーン、冷凍かぼちゃを適宜入れて、その上に顆粒コンソメ(適宜)、粒黒コショウを沢山入れて、レンジ5分。 かき回して、さらにレンジで3分。 こうすると、次第にレンジから野菜スープの優しい香りがしてきます。 後は、只管それを頂く。・・・以上。 大体の熱は、このスープを食べて、のんびり横になってると引いてくるし、頭もしっかりしてきて、生きてる感覚が沸いてくる。 今年の春、たちの悪い風邪を引いた時には、この食事を続けて治したのだが、元気になった時は、肌の吹き出物が取れて、体重も3キロ減ってて驚いた。 うちの妹はそれを聞くや否や、速攻試して、彼女も飽きるまで食べ続けて、何キロか落ちたみたいだった。(かなりふくよかな我が妹ゆえ、数キロ減ったぐらいでは、その変化が見ただけじゃわからないんだけど。・・・でも、予想以上に喜んでて、私もつられて嬉しくなった。) 家族のも自分のも料理は殆どレンジで作る。 ガスコンロが無くなっても大した痛手は受けないと思うけど、私からレンジを取ってしまったら、途方に暮れてしまう事間違いなし。・・・と言えるぐらい何でもかんでも作ってしまう。 カレーも、肉じゃがも、クリームシチューも、野菜炒めも、麻婆豆腐も、あれもこれも・・・上げれば切りが無いほど。 掃除さえ小まめにしていれば、優に10年は持つし、心強い相棒だ。
28の時、病気に罹った。
それから療養生活を始めて、2~3ヶ月は落ち込んだまま過ごしてた。 それまでは、仕事の関係で出張も多かったし、一日の大半は外で過ごしてたから、家はただ寝るだけの場所でしかなかったのよね。・・・ それでも、落ち込んでても仕方ないから、何かしようと思い立ち、何気なく読んでた母の本に感化されてお菓子の勉強を始めた。 今日は、落ち込んでた私に新しい世界がある事を教えてくれた人達の中から、幾人か抜粋してお話してみたいと思います。 最初に手にしたお菓子の先生は島津睦子さんだった。 この人の「クッキーとビスケット」という本は、お菓子学校に行けない自分には、お菓子の初歩から学ぶにはうってつけのもので、島津さんの指導の下、やっと誰が見ても食べてもクッキーと言って貰える物を作る事が出来た。(この本を見ても出来なかったら、多分この時点で私はお菓子に対する熱意が冷めてたと思う。) この本に載っているクッキーとビスケットを全てレシピどおりに作り、制覇(←あえて言わせて頂くが)した後、次の師匠に選んだのはテレビでミルフィーユの指南をしていた藤野真紀子さん(その派手な外見に、最初は開いた口が塞がらなかったが。)だった。 その時、藤野さんは私が一度試して降参状態だった折りパイを作ってたのだが、まあ、手際が鮮やかで、限られた時間の中で説明を加えながら、てきぱきとパイ生地を伸ばして折りたたんでいた。 そして、外見とは違い、番組内での彼女の言葉は終始一貫お菓子に対する注意点だけに置かれ、それ以外は殆ど話さない、その寡黙さも魅力に写った。 こんな大人の女性になれたら・・・と、一気に彼女のファンになり、お菓子の本を集め始めた。 外国で学んだお菓子を自分流に(日本人の口に合う様に)作り直したものが多かったが、写真が綺麗で、手順も実際に作っている場面を適宜入れてくれてたので、撮影時に使っていたお菓子作りの道具も学べたし、実際に作ってみたら(この頃やっとオーブンを手に入れたので、シフォンも焼けて嬉しい時期でした。)写真とあまり変わらない出来栄えに感激していた。 何をやっても人より遅い性格が原因してか、惹かれる料理&お菓子研究家は手際が良く、見るからに美味しそうな物を作り、且つ、寡黙で少し男っぽい性格の人が多い気がする。(目から鱗状態になったパン作りの先生、堀井和子さんを除いては。) この後、小林カツ代さん、栗原はるみさん、山本麗子さんと、次々お気に入りの先生が増え、膨大なレシピに埋没しそうになりながら、何とかこなしていき、(年々家族は太り、)現在に至ってる。 手書きのファイルは分厚いのが10冊以上はあるのではないだろうか? 読み返してみると、和洋中のファイルは、どのページも無事なものは無く、何処かに醤油やら油やらケチャップやらのシミが付いていて、奮闘の後が窺える。 色々な人達の力添えのお陰で今の自分が居る事をファイルを見てると感じる。 そういう時間を与えてくれた家族に対しては、言葉なんか見つからないぐらい有り難いと感じてる。 勉強した事が仕事として成り立ってる今でも、お料理やお菓子の時間は録画するほど、大好きだ。 でも、好きな先生方は年々減り、今は山本麗子さんの本や出演番組だけが楽しみになった。 「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」「驕る平家は久しからず」・・・年月の移ろいと共に、お気に入りから消えた先生方からは、最後にこれらの言葉を教えてもらった。
私はスナック菓子も好きだが、ケーキも好きだ。・・・大好きだ。
売ってるのも、作って食べる(もしくは食べさせる。)のも好き。 療養中、何もする事が浮かばないまま、母の本棚からそれまで避けてきた料理の本を暇つぶしに読んだ。 それまで、男勝りに営業の仕事で年月を過ごし、女らしい趣味など何一つ持たなかった私は、料理の本を読むうちに、如何に自分が女として出来てない人生を送ってきたか、思い知らされた。 そして、ページがお菓子の項に移るや否や、その材料に目が釘付けになった。 「・・・バターでしょう?砂糖でしょう?小麦粉でしょう?卵でしょう?・・・えっ?お菓子ってこんな普通の材料で出来るの?・・・それなら今冷蔵庫に入ってるよ。」 それまで、お菓子というものは、特別な材料を使い、その道のプロが生み出す魔法の品と思っていたのだ。・・・のだ。・・・ 「・・・うちには誰も居ない。・・・少なくとも夕方まで帰ってこない。・・・これなら失敗しても咎めは受けない。・・・どうする?私。」 この日を機に私の人生は変わった。 その時に作ったのはクッキーという名の、甘くて食べられる石だったが、それ以後家族が出払ってしまうと、こっそりキッチンに忍び込み、母の料理本を穴が開くほど見つめながら、只管泡立て器を動かし、オーブン無いからオーブントースター(これを私は魔法の小箱と呼んでいた。)相手に、焼き菓子を次々と生み出していった。(これを焼き菓子と堂々と言ってのける私は随分いい度胸だが、誰も我が子は可愛いものだ。魔法の小箱に感謝。) あれから18年。 只管お菓子を作り続け、現在は注文まで頂いて作っている。 家族は私のお菓子の試食をさせられる間に、皆が皆、平均体重を遥かに上回り、責任を感じた私は、ダイエット食の勉強をして家族に食べてもらっている。(結果は徐々に出ているようだ。・・・余り詳細には聞きたくないが。) お菓子作りを始めると、母の料理本(昭和40年製。)だけでは物足りなくなり、流行の洋菓子研究家の本も片っ端から買いあさって本棚に並べた。 綺麗な装飾が施されたお菓子の本が自分の本棚に並んでいる光景に惚れ惚れとしながら眺め、「この本の中のお菓子を全部制覇すれば、私も立派な洋菓子職人として独り立ちできるかもしれない。」と、夢見る夢子状態になってた時期も(かなり長い年月)あった。 その奥深さを知るまで、そして知った後は、とてもとても謙虚な自分にならざるを得なかったんだけど。・・・ 好きな洋菓子研究家についての悲喜こもごものお話も、いつか出来たらいいな(多分数日後になるんだろうが。)なんて思ってます。
世の中にはジャンクフード大好き人間が結構居るのではないだろうか?
私も普通の食事より、ジャンクフードの量の方が遥かに多い食生活?を続けている。 特に、コーンが主原料のスナック類には目が無い。(私の体は殆どコーンで出来てるといっても過言ではない!!!←力説してどうする。) 私の家は幸運なことに、コンビニ、スーパー、昔ながらの市場がしのぎを削って頑張ってる場所にある。 自宅で仕事をしている私の気分転換は、夕方にそれらの店をブラッと冷やかしに出かける事だ。 先日も、99ストアに出掛けて、いつもどおり菓子パンコーナー(パン屋も生き残りをかけて頑張ってるんだなあ。と心中お察しするぐらい、ありとあらゆるパンが出てて驚く。この前、ぼた餅が入ったパンを見つけて、おいおい炭水化物の二乗かよ、パン生地と餅のコラボは口の中でどんなテクスチャーをかもし出すんだ?美味さの追求は考えてないのか?と横目で見ながら通り過ぎた。)から、スナック菓子コーナーへと向かった。 だーい好きな、コーン系のスナック菓子を目を細めて見ていると、いつもは通り過ぎるカールの前で、はたと立ち止まった。 カール、チヂミ味!!!!・・・ 袋にはニラがチラホラ見えるチヂミの一片が美味そうなタレにチョイッと付けられてる写真。 そしてチヂミの横には、チヂミ味のカールがコロコロ転がっている。 「こりゃ買わねばならんだろう。・・・・今まで、ただでさえ薄味の癖に、さらにまたうす塩味などという名前をつけて、一袋完食したって、何味かさえ分らない言語道断のスナックを生み出してきた××会社が、久々に新商品を出したのだから。・・・その意気を買ってやろうじゃないか。」(←まあ、ここまで力む必要は無いんだけどね。あれはあれで美味しくなくもないし・・・) そして、店から自宅まで、脇目も振らずにコンビニ袋をぶら下げて、ズンズン帰宅した後、お茶の用意をして早速チヂミ味カールを開けた。 ・・・ まず最初にあのチヂミを頭に思い浮かべながら、袋の中を嗅いで見た。 「・・・匂いはする。・・・でも、ニラの匂いじゃない。海鮮の匂いでもない。醤油でもない。・・・食べるか。」 自称臭覚過敏女の自分でさえ、コメント出来ない不思議な、でも食指が動かない不思議な匂いに首を傾げながら、まず一つ取り出して食べてみる。 「うーん。これまでのカールより味付けはしっかりしてるな。・・・プレーンカール(←こういうのは販売されてないけどね。)に酸味と塩味と一寸醤油味で味付けしたみたいな味だな。・・・・うん?」 今までより濃い味付けに挑戦したカールに軽い敬意を感じた後、今まで嗅いだ事の無い不思議な匂いを感じて袋に伸ばした手が止まった。 「これ何の匂い?」 確かに何かの匂いはするのだ。 でも、好き嫌い無く、和洋中何でも食べてきて鍛えてると自負している自分の臭覚がこの匂いには拒絶反応を起こした。(因みにチヂミは露店で食したのを発端に、それ以来良く食すし、自分でも作るので、どんな匂いかは知ってるんです。好きな匂いです。) 例えるものが見つからない匂いって、食べてて不思議なんだよね。 味も付いてるけど、ただ付いてるだけという感じだし。 一日2袋はコーン菓子を平らげる私だが、5日前に購入したチヂミ味のカールだけは、まだ半分残ったままお菓子箱に入れられてる。 これ食べた人居ます?美味しいと思った人と知り合って語ってみたい。・・・ぐらい不思議なスナックが生まれたもんだと思いました。
「ねえねえ、×××ってどんな意味?」と聞くとする。
すると。 「え?・・・それは×××って意味なんじゃない?・・・分んないけど。」 または。 「知らねえよ。・・・×××って意味なんじゃねえか?」 「・・・」 これは私の周りに居る人間達から良く返ってくる答えである。 (注:あくまでも私の周囲に居る人間達限定としての話だけど。) 「分らない。」「知らない。」 この二つの言葉は、同じ意味だと、生まれてから今日まで日本を離れた事のない私は認識している。 何か聞いて、こういう答え方で教えられると、とても為になっても、何故かあまり有り難味を感じない。 ・・・でも、人の事言えないのよね。(考えてみりゃ。) 私も、誰かと喧嘩したりすると、相手が何か聞いてきた時に、「知らないわよ。そんな事。・・・・×××なんじゃないの?・・・聞かないで自分で調べてよ。」(私の方がよっぽどタチが悪いかもしれない。) 考えるに、知らないとか、分らないという言葉を答えの前後に付けるのは、その人の虫の居所は置いといて、それを付ける事で、足りない言葉を補ってる、もしくはバランスを無意識に取ってるのかもしれない・・・(違うかな?・・・どう思います?)
|
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|